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『出自』 評

 投稿者:万理久利  投稿日:2018年 1月13日(土)11時57分24秒
  通報 返信・引用 編集済
  機が熟した
 自分自分の出自を知りたいと思うのは、或る程度年を重ねてからの現象なのでしょう。
“生まれ”で意地悪をされたり、差別扱いされれば否が応でも直面せざるを得ないことも
あるのでしょうが、若い頃は自分の未来だけ追うもので、私自身、祖父母よりもっともっ
と遡って先祖を辿ることなどそもそも発想がないし、陳腐だとさえ思ったものです。これ
に対して、古今東西の人達の生きざまや歴史を見聞きし、自分自身も家族をもち、そして
時間にも余裕ができる年代になると、やっと出自に強い興味が湧きかつ探れるだけの力を
備えたといえるのかも知れません。少年のことから気になっていた父親の旧姓「田雑」と
父親の職業にまつわる「田雑家所有の船」について70過ぎて本格的に調べだしたのも、
まさに機が熟したからだとも言えます。
 作品は、「田雑」姓を調べてくれた長岡氏の調査記録と、田雑と佐賀藩との関わりを調
べていた田雑峯一氏の調査記録が大半を占めており、「田雑家所有の船」については、海
事図書館で知り合った方からのアドバイスを受けての著者の査記録となっています。田雑
姓を追いかけ各地に足を運んでいたらこの先また何年もの時間と労力を費やすことになっ
たことでしょう。その代わりに、こういった出会いができたのは「今」だからできたこと
なのです。得た調査記録を読み解き、自身の記憶とも繋ぎ合わせ出自を辿っていける力も
「今」だから発揮できたようにも思えます。著者の出自歴史探検が長岡、田雑両氏の調査
記録を結びつけた、そして出来上がったのがこの作品なのです。共同作品と言ってもいい
でしょう。

歴史を辿る面白さ
著者の出自とは関係無く、田雑姓を鍵に歴史を遡っていく面白さ/醍醐味が長岡氏、田雑
氏の調査記録を読んでいてありました。『肥と筑』でもそうですが、意外なところで繋が
りを発見できる面白さ、歴史の教科書ではあまり触れられていない重要な史実に出会える
面白さと言ったらいいのでしょうか、世の中にはオタクとまで言われる隠れた歴史愛好家
がたくさんいるというのもよく分かるような気がしました。鍋島藩に大きな役割を果たし
た、その存在すら知らなかった「田雑大隅守」を主人公に一冊の面白い歴史小説ができそ
うです。田雑をキーに歴史を辿ることによって、日本の時代時代の歴史を改めて振りかえ
ることもできます。

DNAがくりなす歴史ロマン
田雑大隅守までの流れ
藤原不比等→武智麻呂(藤原南家の祖)→→惟畿→為憲(木工助となった藤原氏に因
んで工藤氏)→ 伊東氏(伊豆)→相良氏(遠江)→相良氏(肥後)→田雜氏
田雑大隅守について
海賊→ 海賊が足を洗って鍋島藩に仕え海からの攻撃から蕃を守る→その後子孫は海運業に。

 この流れをみるだけで面白い。著者の先祖は海賊であった…。もっと遡れば海を渡って
きた徐福に。壮大なる歴史浪漫。まんざら想像の世界で終わらなさそうなところが面白い。
人は生きた時代、育った環境によってかわるものだが、どうしようもなく連綿とつづく血
(DNA)にも支配されているのだとも思えてきます。
誰よりも著者自身がこの歴史浪漫に驚いていることでしょう。作品最後の言葉によく現れ
ています。

 「この[田雜家の出自]及び[田雜家所有の金榮丸]の文を書き終わってみると、
 若い頃より船に魅せらた私は、父達が乗った船の船籍港が竜王であり、田雜大隈守
 の活躍の場が竜王先、さらに大胆にイメージを飛ばせば紀元前二百年日本に渡来し
 た徐福が竜王崎にある海童神社に関わりがあるとすれば、古来から連綿とつながる
 縁(えにし)の糸に紡がれている自分を感じるのである」

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